ステージアップ⑥~自分ならではの事~

言い方を変えれば潜在能力というものでしょう。私は小さい時からいつもいつも「華やかな人たち」に憧れ、その人のやっていることを自分もやりたいと願い、頑張れば私も「華やかな人」になれるんだと本気で信じていました。習い事や、着る服、趣味、なんでも基準は「華やかな人に自分が見えるには何をしたらいいか」それが選ぶすべてになっていました。そこにはタイトルのような私ならではのこと、私にしかできないこと、はありません。多分潜在能力というのは、当たり前に持っていすぎて自分では、気がつかない能力のようです。私はずっと無視して生きてきていました。自分には何の取り柄もないし、目指すところは華やかな人のみ、だから頑張るしかない、その思いは自分に素直に正直になることから大きくかけ離れていることでした。そしてだんだん自分で何がしたいか、何を欲しているのか分からなくなってきました。皆がやっているから自分もやりたい。本当に自分がそれをやりたいのかは分からない。自分のことなのに自分の気持ちが分からない。それはつまり自分を大切には、扱ってきていなかったんだなぁと今さらながら感じます。そして私が言う皆、は華やかな人、限定だったのです。自分が背伸びして、華やかになろうともがいていることには気付かずに。もともと華やかな人、ってそうなろうとして、なろうとしてる訳じゃないんですよね。それは潜在能力で生まれつき華やか。だったら私ももとから持っている自分ならではの潜在能力を、いかんなく発揮して、それを活かして、人生を渡っていく必要があるのです。

今日もまた桜を見に行ってきました。桜の並木道が近くにあるのはありがたいことですが。今日の桜はもう満開で、ひとつひとつの桜の花びらがまるで泡のように膨れ上がって沸き立っているように見えました。そして桜を見ながら私は考えました。私がなりたくて、目指していたものは満開の桜のようなもので、で多分私は桜の花ではない、おそらく土か幹か枝、もしくは葉っぱかもしれません。でもそれらがなかったら桜は当然ながら美しく花を咲かせないわけで。私はずっと今まで桜の花しか見てこなかったなぁ、華やいだ目立つものばかりを見てものの大事さを見てなかったなぁ、そう思いました。こういうところを私が直せば、自分自身の価値、潜在能力ももっと引き出せるかもしれません。目立つ人たちと比べ自分が劣っているなどと、思わなくていいはずです。現に桜は、木の幹も枝葉も何も臆せず堂々と立っています!!そういうことに、視点を合わせられただけでも、今年の春は私にとってステージアップになれたと思います。間もなく、あと何日かで散りぎわを迎える桜も、どんな姿であってもその美しさ、偉大さはかわらないと思います。と同時に、私にもそれは、有るんだと思います。(美しさ、偉大さ。)

要するにむやみに頑張りすぎるなということですね。きっと何も肩肘張らずにやっていることが私の、在るべき姿なのだから。それが満開の桜のような華やかさはないとしても、私にしかないものは絶対にあるわけだから。それを恥じずに、生きていこうと思いました。

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by 20170411mai | 2018-03-28 19:59 | ステージアップ | Comments(0)